武装探偵社が梅雨入りと共に請け負った事案だった、某資産家息女襲撃事件は、
JR駅のコンコースにて大活劇を展開した末に、主犯を含む一味を拘束。
軍警に身柄を引き渡したことで主導権も移行し、
事件は彼らの手から離れることと相成った。
「そもそもからして、
異能者が面子の中にいるようだっていう情報があったせいで請け負ったようなものだしね。」
いまだ日之本では公的に存在を認められていない“異能力”とその保持者。
人の目に留まって余りあるよな案件が派手に起きている昨今、
そんなSFチックなことを…というよな、頭の固い見解をぶん回すような段階はさすがに過ぎているものの、
認めるとなるとまた別な問題も多々あって。
人が自然に得るのは敵わぬだろう種の力、
科学的医学的に解明されぬ能力を法的にどう把握すればいいものか
危険な種のもの、そうでないもののボーダーラインはどこで引けばいいものか。
能力が発現した者はだが、
力の傾向によっては警戒されるやもしれぬ、若しくは人の輪から弾かれるやもしれぬ。
それを恐れて秘匿する者も少なくはないかも。
現にこれまでがそうだった。
本人も知らない力という場合もある。
まだまだ解明されてはない“異能”をどう扱えばいいものか、
他国からずば抜けて出遅れている日之本では
そこのところの擦り合わせに右往左往しているのが現状であり、
割を食っているのが案件への辻褄合わせを一手に任されている内務省異能特務課と
緊急事態への実働部隊としてあてにされている武装探偵社というところ。
案外と市井の人々の方が柔軟か、一度でも遭遇すればそういうものもあると判りそうなものなのだが、
国民への様々な権利への制約やら何やらが絡むだけに簡単に運べるものではないのだろうよと、
苦虫を噛み潰したような顔で言っていたのは国木田だったか。
“臨機応変が利くような決まり事だなんて、そもそも矛盾しているものねぇ。”
夏を思わせるような暑い日もあれば、雨催いになればがくんと気温が下がりもする、
極端な変わりようのお天気が文字通り日替わりでやってくる今日この頃。
同じ日であれ西と東でも大きく違うとあって、
上着と折り畳みの傘というお荷物が増えている6月もそろそろ終盤。
いつの間にか春バラが紫陽花へとバトンタッチした庭園を望めるカフェにて、
味わい深いコーヒーを堪能しておれば、
「…。」
「やあ。」
何と声を掛ければいいものか、いつも困ったような顔で待ち合わせの場へやってくる愛しい子。
トレードマークの“戦闘服”ではさすがに目立つので、
私服なのだろう、それでも黒が基調のジャケットとパンツといういで立ちで現れた相手に、
まあ座りなさいなとテーブルの向かいの席を視線で示す。
そつなく現れたウェイトレスに同じものをオーダーし、
それが届くまでの間を、やや肩先をこわばらせて見せる彼なのへ、
そっけないほど平生の顔でいようと思ったものの、
「別に叱ろうとか思っちゃいない。そんな顔をしないでくれないか。」
「……すみません。」
いよいよと細い肩がすぼまってしまい、ああまだまだそういう相性なんだなぁと、
自分の側にも責のあること、聞えよがしな溜息だけはつくまいとコーヒーで飲み下した太宰である。
◇◇
武装探偵社が現場での対処を担った一件があった。
か弱き十代の令嬢の身を慮かるならこちらの要求を呑めという手合いの脅迫で、
一応は応じて交渉という形をとりつつ相手の正体へにじり寄るという策を取っていたはずが、
相手側が内部分裂でもしたものか、不意に連絡が取れなくなり。
しかも内情探査にと間近へ派遣していた少年社員の消息も突然絶たれてしまったため、
要求を聞かないならば…と仄めかされていたご令嬢の身の安全を最優先で守る方針に切り替え、
表向きへ公開されていた予定を順守してもらう格好で、初夏の会合各種へ赴いていただくこととしたその初日。
やや遠出だったこと、
自家用車での移動の方がピンポイントでの襲撃に遭いやすかろうということを配慮して
JRにての移動をと構えたところ、その出発駅にて凶刃が降りかかったが、
令嬢は代役、護衛の各人も探偵社のエキスパートらで固めていた布陣に隙はなく。
腕力や身ごなしに自信ありきな襲撃犯だったがあっさりと組み伏せての一件落着…と及んだものの。
「もしかして、キミも一緒になって敦くんを引き留めてたんじゃあないの?」
「……。」
決して頑迷にも黙秘をしている彼ではないのは、困り切っている顔を見ずとも気配で判る。
本意ではなかった、でもあのその…と、
それでなくとも繊細な物言いが苦手な子であるその上、
言い訳を嫌う元師匠だという刷り込みもあろうから、その苦衷はいかばかりか。
そんなこんなが手に取るように判るので、
こっちはこっちで、ここで噴き出してはますますと困るかもしれないなぁなんて、
勝手に困っている美形なお師匠様だったりし。
何をどうと具体的には言ってもないのに、
何でまた行方不明になってた敦少年があんなに間のいいタイミングでこっちの任務の現場へ現れたのか、
言葉少なに そこを問うている太宰だというのが、来る前から判っていた芥川なのは、
ままそのくらいは察しがつかないようでは荒事現場の隊長なぞ務まるまい。
令嬢に扮した鏡花が抱えた小さな白虎、
異能無効化を保持する太宰がチョンと触れたらあっという間に元の少年の姿へ戻ったものの、
行方不明となったのは数日ほど前で、脅迫して来ていた相手陣営からの通知や何やが途絶えたのもその辺り。
三日はあったそのブランクをどこでどうしていたものか、
そして何でこうもタイミングよく現場へ助っ人よろしく現れることが出来たのか。
小さな虎という姿になっていたこともかんがみて、
怪しい奴めと捕まったかしたその上、
相手陣営にいた何らかの異能者からどさくさ紛れに異能を振りかけられたに違いなく。
だがだが、あの少年を単独で聞き込み捜査に派遣したのは、決して人手不足からではなく、
多くの修羅場を踏んだ子であり、それなりに任務をこなせるようになってたからだのに。
「虎の異能は気配を拾うのも得意だというし、
これまでにも内偵捜査は数多くこなせるようになっていたのだよね。」
虎やヒグマは笹の茂みを音立てずに移動できると聞く。
気配を拾うのも自分が気配を殺すのも得意だそうで、
そこまでの異能はさすがに最初からは備わってないかもしれぬが、そこは自身で高めてもいたろうに、
「子虎になってしまっていたのは、異能の制御を出来なくされたから。
どんな相手でも年齢スキルへ蓋するような異能だったらしいよ。」
武道の達人でも腕に自慢のボディガードや半グレでも、
それらのスキルを得る前まで戻されては手も足も出まい。
ただの若返りとも違うものならしく、
しかも当の異能者、あまり習練などは詰んでなかったらしいので小技は利かぬ。
時間が経てば解けるという時限式だったらしいが、敦の場合は異能へ封が為されたのでちょいと話が違って来る。
ただ子供になったんじゃあない、制御の出来ない白虎の姿が顕現したことへは、
『相手もびっくりしていたようで。』
自分たちの計画はさすがに善行ではない自覚もあったか、内偵が掛かってもさもありなんという様子だったが、
どの筋の内定者か判らぬし、尋問している猶予もない。
金満家だけが肥え太る社会を粉砕せよという理想を遂行したい派と
今は活動の資金さえもぎとれりゃあいいなんていう現実派とが内部分裂しかかっていた間の悪さもあって、
逃がすわけにはいかないが拘束して見張るような余裕もない。
なので、今回の事案が落ち着くまでは保留としようなんて
逃げ出せないよう子供にしてしまえという短絡思考から異能を掛けたら、
子供ではなく子虎になっちゃったもんだから、
そりゃあ相手も唖然としたでしょうよ。
何だこりゃと仰天してしまった隙をつき、何とかアジトから脱出を図らんとしたところ、
ご近所の怪しい組織(ただし規模は小)への予想外なカチコミがあったようで騒然となり、
彼らも脱出せざるを得なくなった文字通りのどさくさ紛れにどこかの路地裏目指して駆け出したところ、
『目に見えない浮力に取っ捕まりました。』
『なるほどねぇ。』
不意打ちの殴り込みが掛かっていた別組織とやらは、
身分不相応にもポートマフィアの関係筋へちょっかいを掛けていたのだろう。
あくまでも関係筋というだけの間柄だったようだが、恩讐や義理立て、面子などへのこだわりにうるさいのが裏社会。
末端へまでは手が回らないのかなんて不名誉な言いがかりをされて舐められぬよに
逆らったらどうなるかというけじめは大事。
とはいえ そこはちょいと趣向を凝らしたか、
山ほどの助っ人を送り出すのではなく
少数精鋭を貸し出してあっさり鳬をつけ実力差を披露してやらんとしたその陣営に、
特装SSRクラスのキラカードが含まれていたということか。
「こちらもまさか、そんな至近に人虎が居ようとは思ってもなかったのですが。」
騒然としていた現場をやや離れて監視し、
それは勢いのあるカチコミに腰を抜かしつつ逃げ出さんとする連中を片手間に拾い上げていた大幹部。
ちょいと離れていたからこそ視野に入ったらしい小虎くんを、
何でまたこんなところにと思いつつ、あっさりと任務より優先して掬い上げていたようで。
「意思の疎通が大変だったようだね。」
「はい…。」
ああ、どんな格好の“筆談”となっていたかもご存知か。
銀幕のスタアも真っ青な美貌の人。
行き届いた所作を備えた行儀のいい立ち居が映える、すっきりと均整の取れた肢体をし、
印象的で端正な面差しに、口調も知的で表情も豊か。
だがだが、決して“それだけ”ではない恐ろしいお人。
やんわりと口許綻ばせ、甘い響きのお声を紡がれる師ではあるが、
中身まで甘いお人じゃあないのは重々承知の芥川で。
今朝がたのドタバタからさして時間も経ってはないというに、
やや不器用で 嘘はつかぬが口も回らぬだろう
あの敦少年から何もかんもすんなりと訊き出せているとは思えない。
「そういえば、数日ほど前から自宅へは戻ってなかったようだし、
一昨日も昨日も何とはなく思い出し笑いが多かったよね、キミ。」
恐らくは本拠だか中原幹部のご自宅だかで
虎の異能持ちの敦少年、ただし何故だか子供返りと異能開放状態中、を預かっていたのは明白。
“大方、あまりの愛らしさに中也が手放せないと我儘なことを言い出して
それをそのまま実行していたのだろうけれど。”
無論、敦自身を困らせるのは良くないのも承知だったろうから、
なんであのようなところに居合わせたかを探り、
放り出したことになりかねない仕事の辻褄を合わせてやろうとしたものか、
不自由な身になりはしたが、クライマックスへ駆けつけられた体を繕ってくれたらしいのだろう。
そして、同じ師匠に付いた身のおとうと弟子という形で、
オンとオフでの切り替えもいっそお見事なほど就業外では目を掛けている敦の非常事態とあって、
彼もまた中也に手を貸して…という以上に色々と手を掛けてやっていたに違いなく。
「……。」
太宰と向かい合いながらも口ごもってしまう彼なのは、
くどいようだが、強情張って頑迷にも黙り込んでいるのじゃあなく。
隠しようのない事実でしょ?と とどめを刺されたと怯えているようなので、
言及した側だとはいえ、そこまで怖がらずともという苦笑が漏れそうでこっちも大変な太宰であり。
“それではますますと追い詰めそうで、何とか我慢しているこっちの気も知らないで。”
いやいや、そこは素直に笑ってやれやと、
あの帽子の幹部様が居れば助言したろう、お互い様な二人なのでもあり。
窓の外では色鮮やかな手毬花がたわわに咲き乱れ、
重たげな花房を ゆらゆらゆらんと風に揺らしており。
さぁて どこでお顔を上げさせて安心しなさいと笑ってやろうかねなんて、
ちょいと小意地の悪いお楽しみ、胸のうちにて転がしておいでのお師匠様だったのでありました。
〜 Fine 〜 22.06.19.
*何か妙なお話になってしまいましたね。
これではただの後日談だ。
余談ですが、日が悪いんだかどうなんだか、もろに父の日とかぶっているのも何か微笑ましかったですよ。
というわけで、太宰さんのお誕生日お祝い話はまた別の機会に。笑

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